Message from the Principal学校長からのメッセージ

当校は、昭和63年に創立しました。
当時は、福岡県内に 当校 と県立の通信制高校の1校だけ
しかありませんでした。
その頃に比べると、今はいろいろな選択肢が増え、
学年も遅れず、高校卒業できるようになりました。
まだ何も悪いことは起こっていません。
一歩踏み出すチャンスをつかんで欲しいと思います。

もともと、私自身が小中学生の頃、不登校でした。

高宮学院で学校長をしている私も、実は小・中学校の頃、不登校でした。
小3のある日、私は学校でのちょっとした出来事がきっかけで、上ばき・ぞうきんを自宅に持って帰り、
「明日から学校に行かない。」と母に言いました。
私はとてもおとなしい子どもだったので、母はびっくりしすぎて、「ああ、いいよ。」と言ってしまったのです。
そして、母は次の日に学校に電話をかけ、「いったい何があったんですか?」と聞いたのでした。
この時は、母が私の言い分を聞いてくれたとの思いから、1か月ほどで学校に戻りました

次は 中2 の時。家の都合で少し休んだら、全部休んでしまいました。
中3になると、 受験生だから学校に行かなくては、と考えて学校に行くようになりました。
でも、休みぐせもついていますから、50日以上は欠席しています。
(本当は100日以上かもしれません。先生がごまかしてくれたのか、少なめになっていたような気がします。)
そして、県立高校を受験しましたが、ぽってり落ちてしまいました
落ちてしまってから、中学の先生が高校に電話をかけてくれて、「どうしてこの子は落ちたのですか?」
と聞いてくれました。
そうしたら高校の先生は、「福岡の県立高校は、中3の時に30日以上休んだら入れませんよ」とのこと
そうしたことを中学校の先生が知らない時代でした。

初めから受けてもムダだったんだなぁ、と思いましたが、中学の先生が知らないくらいですから、
私たちが知るわけもなく、他の高校は受けていなかったので、どこにも行くところもないので、
家にじっと居ることになって、なんとなく働くことになり、20歳まで働いていました。
20歳になると周りから「大人だ」、と言われるようになるのですが、
時間が経っただけで自動的に大人になるなんて変だ、と私は思いました。

そこで、私は 定時制高校に行く ことにしました。この頃は夜間の定時制高校しかありませんでしたので、
夜6時から9時すぎまで毎日、学校に行きました。
勉強は、英語はアルファベットからのクラスと「ディス・イズ・ア・ペン」からのクラスとに分けられました。
私は「ディス・イズ・ア・ペン」からのクラスでしたが、毎日「ディス・イズ・ア・ペン」なのです。
1年間高校に行っても中3の教科書にはならない、というレベルでした。

毎日「ディス・イズ・ア・ペン」をやって、夜9時過ぎに暗い中をてくてく歩いて帰っていると、
「私の人生どうなっちゃうのかなぁ」という感じで、 次の年に通信制高校に代わる ことにしました。
でも、通信制高校も4年制だったので、4年は長いなぁ、と思って大検を受け、
その後、長く長くかかって、27歳 の時、九州大学に入学 しました。
(今は通信制高校も3年で卒業できます。また、大検は現在の高卒認定試験のことです。)

私の頃は大検予備校なんてありませんでしたし、大学受験の予備校も、高校を卒業した人が対象ですから、
中卒の学力しかない私には、基本から勉強できる所がなく、独学で勉強するしかありませんでした。
大学受験まで苦労しすぎた、もっと楽に短期間で大学に合格する方法もあったのに、という思いから、
どんなに基礎からでも、いつからでも勉強したいと思ったときに勉強できる場所を作ろうと思いました。

私の教室には色々な方が相談においでになります。

その1人ずつの悩みの多くが私の体験なのです。例えば、朝起きられない、昼夜逆転の生活。
実は私もそうした時期がありました。学校に行かなければ、特別に朝起きる意味がなかったのです。
また、学年が遅れて、同級生に取り残されてしまったような不安。私も20歳過ぎてから勉強を始めた時は、
社会に取り残されたように感じて、心細くてたまりませんでした。
だから、今の高校では、出席不足や留年でも学年が遅れずに進級・高卒ができるようにしたり、
大学や専門学校の推薦も受験できるようにしています。

私は自分が何をしたいのか分かりませんでした。

目的を持って大学に進学しなければならない、と考えていらっしゃる方も多いとは思いますが、
私は自分が何をしたいのかわからなかったし、人より10年遅く大学に入学した時でさえ、
大学へ行く明確な目的を持っていたわけではないのです。
20歳になった時、怖くなったのです。5年も働いていれば、この世の中で中卒だとどういう扱いを受けるのか
十分に分かっていましたし、中卒のままでもうこれ以上、人生を進めていくことはできないというくらい、
せっぱ詰まった感じでした。今のほうが中卒でも楽だと思います。

私の頃はフリーターという言葉もなかったし、コンビニやファストフードのお店もありませんでしたから。
「マクドナルドが福岡で一番初めに開店した時を私は知っている。」と生徒に話すと笑うんですよ。
想像できないんでしょうね。

私にとって、必要なのはきっかけでした。

人生を進めていくには、何か行動しなくてはなりません。
考えることも大切ですが、頭の中だけで考えていてもグルグル同じ所を回っていて、なかなか結論は出ません。
だけど、一歩踏み出したら、やりたいか、やりたくないか、すぐ分かることもあります。
やりたいことはなかなか見つからないかもしれませんが、やりたくないことは結構早く分かるみたいです。

勉強や進学もひとつのきっかけだと思います。今、引きこもりが大きな問題となっていますが、
中3から高校への進学の時期、高3や1浪の年齢、こうした時はうまく生かし、一歩踏み出すチャンスに
してほしいと思います。

高宮学院 学校長 丸山友子

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